1958年。三善晃と矢代秋雄
オーケストラ・ニッポニカの「一九五八年の交響作品撰」を聴いてきました。
http://www.nipponica.jp/concert/img/concert20150517_1_b.jpg
信時潔に少し関係するところだけ書きます。
三善晃の「交響的変容」はパリ留学中にデッサンをはじめて、帰国後に完成したとのこと。
信時家に三善晃の帰国報告ハガキがあったのを思い出しました。
帰国しました。
またどうか、色々お教え下さいますよう、
お願い申し上げます。
三善 晃
ただ、それだけで、留学中の詳細は何も書かれていません。
いったい三善晃の留学前に、どのような言葉が
交わされていたのでしょう。
具体的な作曲のアドバイスなどではなく、
フランスで、こんなことを見ていらっしゃい、聴いていらっしゃい、
などという話をしていたような気がしますが、
実際どうだったのかは、よくわかりません。
非常に期待する作曲家であったことは確かです。
信時潔はおそらく「交響的変容」の放送を聴いたでしょう。
感想や激励の言葉を書き送ったかもしれません。
今日最後に演奏されたのは、矢代秋雄「交響曲」。
日本近代音楽館の『矢代秋雄展』(1998年)には
信時が矢代作品を聴いて書いた矢代宛葉書が展示されていました。
矢代もまた、信時が期待していた才能でした。